エッセイ
朝に眺める
夜の赤羽一番街商店街は歩きにくい。客が少なければキャッチで溢れ、多ければ軒先まで迫り出したテーブルで飲む声と、空いている店を探しあてどなく行き交う人々で溢れるからだ。
朝は違う。朝の、しかも早い時間だ。土日の6時前がいい。酔っ払いは殆ど家に帰り、軒先のテーブルは姿を消し、シェードは畳まれ、ネオンは消え、シャッターは降りている。丁度、野球チームの練習に参加する中一の息子を駅まで送る時間だ。
商店街の出口付近にある我が家から通りに出ると、クロネコヤマトの営業所前でトラックが止まろうとしている。ピーィ、ピーィ、ピーィ、ピーィ、バックします。その横を、「ねえ、こっちだよ〜〜」と間延びした女の声が広がって消えていく。胸の下で絞った後ゆったりと広がる黒いワンピースを着て、履いているのかわからないような色のサンダルでペタンペタンと歩きながら振り返る声の先では、スーツのジャケットを手にした男がぼんやりと笑い、足を引き摺るように歩きながら私たちとすれ違う。彼らは静かな朝に浮いている。水に垂らした油滴みたいに。
息子は眠気の中を、私は心地良さの中を無言で歩く。いつも買い物をするとゆで卵か柿ピーの小袋を一つおまけにつけてくれる酒屋の前を、「最初は誰でも初めてです。お気軽にお入りください。」と書かれた手製の白いボードを店先に置いている料理屋の前を、生い茂った蔦の奥の、所々焦茶の塗装が禿げて下地が剥き出しになっている居酒屋の入り口の前を、ホルモン屋の看板を照らすためにクリスマスの飾りみたいにいくつもぶら下げられて揺れているスイッチの切れた電球の前を、店のメニューの写真が貼り付けられた、動いていない室外機の横を。梅雨入り前の朝、空気は空からゆっくりと降りてきているようで、ほのかに冷たい。
少し先に目をやると、赤や青、緑や山吹色の鮮やかな庇が並ぶ先に、濁った黄色の看板が見える。「鯉とうなぎのまるます家」と、板面の下半分を使い、黒字で目一杯書かれている。黄色の濁りは、雨水を描くように流れる灰色の無数の筋のせいだ。その真ん中あたりの上半分、三分の一くらいの幅で心持ち濁りの少ない黄色が四角く浮いていて、小さめの字で「御商談に ご家族づれに」とある。きっとそこだけ後からシートを貼ったのだろう。それを挟むような形で描かれた鯉とうなぎが、今にも押し流されそうな薄さでしがみつきながらじっと耐えている。
背後には向こうのビルの白い外壁が聳え、空を埋めている。外壁には上から下へ大きな刷毛でサッと引いたような薄黒い筋が走っていて、それが地の白とコントラストを生み、妙に互いを浮かび上がらせている。
その壁から目を離し、全体を眺めると、降っていない雨が商店街をすっぽりと包み込んでいるのを感じる。空気はまだ、空からゆっくりと降りている。
この商店街の静かな朝は、まるで水彩画みたいだなと私は思う。息子が欠伸する。
挿絵/執筆者の娘さん
執筆者
文芸学科2年 市田ゆい
この作品は2023年度エッセイ研究Ⅰの実習で制作されました。