小説
ゆれて、めぐらせて
青みがかった薄暗い部屋で、祥太郎は静かな寝息をたてていた。夕暮れ時。外からは気だるげなカラスの鳴き声が聞こえてくる。
僕は羽織っていたカーディガンを脱いで祥太郎の身体にかけた。彼はソファーの上で身をよじり、眉間に小さなしわを浮かべる。遠くで踏切のサイレンが鳴った。僕は手のひらを窓にぴたりとつけ、色褪せた街を眺めた。空に散らばった鱗雲と窮屈に林立する家々。忙しなく行き交う車や自転車、風に煽られて揺れる電線。見慣れたこの景色はいつも変わらずここにある。静かに、安全に。
「ごめん、寝てた」
低くかすれた声に振り向くと、祥太郎は大きなあくびを片手で抑えこんでいた。目を潤ませ、それから無防備にほほえむ。
「いいよ」
僕は言った。言ったあとで、なんだかそっけない口調になってしまったと思った。けれど祥太郎は気にする様子もなく、そばにあった携帯電話に手を伸ばす。彼が着ている薄手のセーターは襟元が深いつくりで、そこから真っ直ぐに伸びた白い首はまるでなにかの機械みたいだった。
「あのさ」
しばらくの沈黙のあと、携帯に目線を落としたままの祥太郎はおもむろに口を開いた。
「ずっと、ってあると思う?」
画面から漏れる明かりに照らされ、彼の顔はぼんやりと光っている。壁にかけられた時計は午後五時半をさしていた。文字盤を見ていると、またひとつ針が動く。
「ずっと一緒だよって、言われたことがあって。その人、あんまり綺麗な顔で言うから、忘れられなかったんだよね」
俯く祥太郎の目元に垂れさがるうねった前髪。空はもうすっかり藍色に変わり、夜が呼吸を始めた。
「やっぱり、ないのかな」
小さく放たれたその言葉は行き場をなくし、哀しげに空間をさまよっている。部屋に漂うざらついた空気の中で、僕はただ、自分の心臓の動きだけに意識を向けていた。
変わらないものはあるのだろうか。
過ぎゆく時間の片隅で、形も色も変わらずに存在し続けるものが。
「あったらいいね」
僕はカーテンに手をかけ、そしてゆっくりと閉めた。後ろで彼がどんな表情をしていたのかは分からなかったけれど、穏やかで乱れのないその息遣いだけは、たしかに感じていた。