小説
道徳的な呼吸
ほとんど五年ぶりに再会したのは、祖父の葬儀場でのことだった。涼ちゃんは伯母さんと絵里ちゃんと一緒に会場へと入ってくると、広間の長テーブルにしおらしく座っている私のもとへすぐに寄って、「よお」と顔を覗き込んだ。「いくつになった」
赤茶けた髪もポケットに手を突っ込んだ様子も相変わらずだったが、追憶される作業着姿に代わってかろうじて身に着けたスーツがあまりに似合わないので、「何か変だわ」と真剣に返せば、涼ちゃんは「何だよ」と可笑しそうにして、それから受付へと足早に行ってしまった。
祖父は肝臓を悪くして死んだらしい。祖父との記憶は、顔もはっきりと思い出せないほどに曖昧なものしか持っていなかった。祖父と父の仲が険悪だったから、私も物心ついた頃から「みきおさん」なんて他人行儀な呼び方をしていた。一方で絵里ちゃんと涼ちゃんは、実家が近いだとか、祖父の経営していた建設会社を継ぎたいだとかで、昔から孫らしく可愛がられていたようだった。だから、涼ちゃんが通夜中平気そうにしているのが不思議だった。綺麗に洗濯された半袖でへらへらと笑う姿と同じくらい、「母さんには分かんねえよ」と歯を食いしばって泣く彼の印象が、私には強かったから。涼ちゃんはもう、今年で二十四になるのだった。
「六十九じゃ早世よねえ。ゆゆ子なんて、おじいちゃんのこと覚えてる?」
広間に並べられた食善の前に座って、向かいの絵里ちゃんが私に尋ねると、横から涼ちゃんが「姉ちゃん」と口を挟んだ。
「あの人が長生きなんてしたら、長寿の秘訣は酒と煙草だのと毎日言って回るだろうよ。早いとこ死んで正解さ」
後ろのテーブルの奥さんや伯母さんにも憚らずそう言って、知らん顔で片肘をついて冷えた出汁巻き卵を頬張るので、
「ねえ、不謹慎」
と思わず笑ってしまった。
そうしてお通夜が終わって、翌朝からの葬儀も終え、一同で火葬場へと向かうバスに乗り込んだ。午後の白い光と静かな車内に瞼が重くなって、人知れずそっと目を閉じる。焼香の匂いと共にぼんやりと意識を取り戻す頃には、よれた背広が二の腕の辺りから掛けられていた。通路を挟んで並んだ席、車窓を見つめる涼ちゃんの白いシャツの胸がゆっくりと上下するのを、ずっと薄目に眺めていた。
執筆者
文芸学科/匿名
(文芸研究Ⅱ 上坪ゼミ・テーマ「恋心を描く」)