小説
ポーズ
朝起きて、淡い水色の長袖シャツを選び取る。僕の肌が一番明るく見える色。僕の体が一番華奢に見える形。「男らしさ」を消すため、世界の思う「女らしさ」の利用。鏡の前でくるくると回りながら服を捲ってみたり肩をすぼめてみたりする。無いはずのものが毎朝変わらずそこにある。しかしあるはずのものは毎朝そこにはない。
学校に行き、クラスメイトの女の子と次の教室まで移動する。僕からは横を歩く彼女のつむじが見える。その先にある小さな上腕骨頭も。自分が隆々しい大男のように思えてきて、顔の脂がぬめぬめしていることに気づく。つま先の間が開きすぎているような気がして、よく分からない場所の筋肉を締めてみるがうまくいかない。いろいろな要素が合わさった奇怪な姿勢になって、そのままぎこちなく足を引きずっていくしかなくなった。本物だけが持ちうる疑わぬ自然さからは、逃げも隠れも出来ない。所詮、紛い物でしかないのだ。
休み時間、ズボンをはいたピクトグラムが描かれている青い看板を目指す。同じピクトグラムが描かれた青い入口の前で、歩みは進めながらも思考の流れがつまずく。何につまずいたのかは分からないが、毎回つまずく。つまずいていることは確かなのだ。
バイト先では力仕事要因として駆り出され、「男性」の二文字で丸をつけ、ときにはストレートの女の子から好意を抱かれる。しかし、それが嫌でしょうがないわけでもない。だからといって嫌じゃないってわけでもないが、しょうがないと半ば諦めている。僕だって、僕をみたら男だと思うだろうし、僕自身も他人の性別を見た目から判断する癖がついている。温泉だって、男女の暖簾が無くなったら困る人の方が多いだろう。
それに、僕はただ女の子になりたいというのとは違う。普段は中性的といわれる格好をしているが、いわゆる男らしい服装も好きだし、小学生の頃使っていた裁縫セットにはドラゴンが描かれていた。一人称は僕だけれど、他人からは「彼女」と称される方が落ち着く。性転換手術をしたいのかと聞かれるとそういうわけでもないし、女の子になりたいのかと聞かれても答えられない。ただ男の子ではいたくない。
理解したいと言ってくれた友達に話したこともあるが、最初は興味を持って聞いてくれたものの、話をするうちにだんだん困った顔にさせてしまった。そんな顔にさせるつもりはなかった。ただ自分の話をしただけだった。
どれもこれも、しょうがないことだと分かっている。それでもやっぱり、僕は確かにつまずいていて、そうして出来た傷もちゃんと痛む。様々な正しさを抱えたまま、僕はベッドの上で体育座りになって、目をつむって胸の前で両手を握っている。何を願うでもなく、ただそういうポーズをとっている。無数の小さな傷が癒える日を、そうして待っている。
執筆者
文芸学科/松木悠
(文芸研究Ⅱ 上坪ゼミ・テーマ「願い」・2021)