小説
ふつふつ
風が流れる。カーテンをかぶって、足裏をくすぐった。痒みを覚える。そのまま頬に触れたところで目が覚めた。ひやりとした空気につん、と鼻が痛む。木々の擦れる音がやけにうるさく聞こえて、
「アホウ、アホウ、アホヤロウ」
突き刺すような声がした。阿呆鳥が鳴いていた。
ちらりと声のする方へと目を向けると、カーテンに影が浮かんでいた。翼をめいいっぱい広げて、へんてこな形のくちばしをこれ見よがしに掲げている。昔の特撮番組に出てくる悪の組織のまねらしい。よく知らないが、見慣れたポーズだ。
「おはよう、アホウ!」
言葉尻に馬鹿にされるのも慣れたもので、聞こえないふり。このまま寝ていても「起きろ、起きろ」と、しつこく餌を催促されるだけだ。重い体に鞭を打ち、冷蔵庫から麦茶を取る。ぽ、ぽ、ぽ、と波をうって、コップの水位が上がっていく。ついでに水を鍋に貯めて火にかける。朝に食べるカップ麺、これがまた美味しい。
「メシェ、アホウ」
阿呆鳥は羽を撒きながら、催促を繰り返す。そこらへんの虫でもきのみでも勝手に取りに行けばいいのに、すぐに野生を忘れる。キッチンにあったドライフルーツを器に入れ替えて、麦茶と一緒に持っていく。いつもどんなものを食べているかは知らないが、どうせなにを出しても喜ぶのだから問題ないだろう。
「ウメエ、アホウ」
「わたしも食べるんだけど」
ベランダは枯葉に埋もれていて、肌を掻く。口に含んだ麦茶を弄んで、ぶくぶく泡をつくる。コードが繋がったままのスマホが落ちた音がした。
点灯を繰り返している画面には、次々と通知が溜まっていくのが見える。短い言葉が連なっていって、ちくちくと刺してくる気がした。
「アホウ」と、取りこぼしながらドライフルーツをがっつく阿呆鳥は見ていて気持ちがいい。
「ホアッ」
器が、落ちた。ドライフルーツが道路に散らばって、踏まれていった。
水は沸騰しているようだった。
(執筆者情報)
文芸学科/堀内塁
文芸研究III(谷村順一ゼミIII・2021)「800文字で書くオノマトペ」