小説
すらすら
最近の電車はなんだか上滑りするように進む。綾瀬駅から東京拘置所の前を通り過ぎて橋を渡る。夕日が綺麗で、空になんだか人間味があって暖かい。
もう少しで季節外れになるサンダルを履いた素足から、生ぬるい少し乾いた風が伝わって不思議な感じがしている。HBのシャープペンシルで白紙のノートに綺麗な文字を書くような感覚。羽織った白い薄手のカーディガンが肌に心地いいと思った。
駅で同世代の異性と目を合わせるのが好きだ。目を合わせて、見つめ合う。大抵の場合は直ぐに逸らされるか、同時に逸らすか。でもたまにお互いに意地を張って目を合わせ続けることがある。三秒以上でゲーム開始、先に逸らしたほうが負け。お互いのプライドをかけて、静かにひとときの恋のバトルをする。そんな小さな遊びが好きだ。
電車が駅に入り、並んでいる人が見える。視線を流して、一人一人の目を見つめていることがバレないように注意深く佇む。大抵の人がスマホを見ているさまを、瞬きをせずにじっと眺める。 足元から伝わる静かな走行のスピードと視線の滑りが、気持ち良いほどに重なっていた。
ドアが開く。
あ、目が合う、と分かった瞬間に緊張感が走り、ホームを歩く彼と視線が交錯した。滑らかな音で流れるチャイム。流れ込む人波。その奥の方、彼はすんとした目で私の目を直視したままホームをこちらに向かって進み、進み、進み、私は其れを一心に視線を外さずに追った。進み、進み、進むには不自然な首の方向になる一歩手前で口角を上げて私を静かに嘲笑った。
視線を外したのは彼が、先。
閉じたドアにおでこを当ててまで、駅のホームの先を覗き込む。何も背負っていない彼の後ろ姿が、こちらを気にする様子もなく階段を下っていた。
「フラれた……。……?」
わざとがくんと肩を落とし、過ぎ去る景色の中にうっすらと映り込んだ自分自身を鑑賞する。小さな引っ掛かりが心地いいような気分が可笑しくて、ふふっと声が漏れた。
負けた私を乗せて、電車は今日も動いていく。走行音は”スラスラ”。上滑りする毎日に踊らされながら、丁度よく感情を動かしている。
(執筆者情報)
文芸学科/瀧澤知香
文芸研究III(谷村順一ゼミIII・2021)「800文字で書くオノマトペ」