小説
揚げ雲雀の耀き
私の願いは好きな人が幸せになることだ。
私には好きな人が居る。その人はネットでの会話を機に知り合った、私より二つ年下の女の子だ。彼女の第一印象はとても声が綺麗な人。耳の中で転がる可愛らしい声音に、くふくふと笑う時の息遣い。私は初めて声を聞いたその瞬間、人生初の一声惚れをした。
出会ってからの毎日は楽しかった。沢山会話をし、共通の趣味について語らい、やがて互いのプライベートな相談事も互いに話すようになった。直接顔を合わせる機会は決して多くなかったが、だからこそ一度一度がかけがいのない想い出になっていった。
彼女の笑う顔を見ることが好きだった。彼女が幸せそうにしていると私も嬉しくなった。沢山楽しいことを経験して、たくさん幸せになってほしい。仮に自分が一番隣に居ることが叶わなくても良いからそうあって欲しい、そう本気で思った。本当の恋とはこんな気持ちになることを言うのかもしれない。そんな想いが心を占めるようになったある日。
彼女に恋人ができ、その恋人と一線を超えた。
メッセージアプリで突如浮上したその言葉の信憑性を確たるものにしたのは、他でもない彼女だった。跡をつけられた肌の写真、ホテルの内装、極めつけは恋人との交わりで彼女が発したであろう声の録音データ。嬉しそうに話す彼女を前に、形式的な祝いの言葉を述べることすら出来ず、二文字の相槌を打ち続けていた。
好きな人の幸せは自分の幸せ、その幸せの視界のどこかに自分が映っていれば良い、そう思っていた。しかし現実はどうだ。事実を目の当たりにした私は震え、憤り、後悔し、声なき声を上げて涙を流した。好きな人の幸せは自分の幸せだとは限らない。真実は拒みたい気持ちなどお構いなしに現実を突きつけてきた。
因みにこの文章を書いている日、正に今、彼女は恋人とラブホに行っている。偶然か或いは引き寄せられているのか。しかし少なくとも私はこれを運命と感じてしまうくらいには、まだまだ彼女への想いを募らせている。我ながら生きるのが下手な人間だと思うが、きっとこの考え方は変わることはないのだろう。だがそれで良い。それが良い。
どんなに苦しくても、どんな未来が訪れても、私は彼女に笑っていて欲しい。私に苦しみや不幸が訪れたとしても、彼女の幸せな未来に私が存在していなくても、代わりに命を落とすことになっても、微塵も後悔はない。改めてそう思うのだ。
私の願いは、好きな人が幸せになることなのだから。
執筆者
文芸学科/新井謡音
(文芸研究Ⅱ 上坪ゼミ・テーマ「願い」・2021)