小説
私が本当に欲しいもの
「あんたってば、何がしたいの」
真っ白な壁に、私の怒りが染み込んでいく。じんわりと広がった波紋が、ようやく目の前の彼女に届いたのか、
「察せないよね、シマは」
と、真っ白なベッドに腰かける彼女をニヤつかせた。ミニマリズムを体現したようなこの部屋は、どこもかしこも真っ白で、気味が悪い。この部屋の中で私の怒りだけが色を持っているように思えて、それがまた、私の怒りを煽っていた。 「察してるよ、あんたのやりたいことなんて見てれば分かる」
「じゃあなんで、何がしたいの、なんて聞いてくるのよ」
彼女は、結局分かってないくせに、とでも言いたげに息を吐いた。
私は彼女の、この人を馬鹿にしたような笑い方が嫌いだった。私の腕からアズを引き抜くとき、彼女はいつもこの笑い方をする。私だけに見せる、見下すような笑み。私に敵意があるのは自明なことだった。
「わざわざ私を挑発するような真似するからでしょ。アズがあんたに心を開いてるからって、いい気にならないで」
そう言って私は、手に持っていた革鞄を投げつけた。アズと一緒に買ったウサギのストラップが揺れる。それに触れようとした彼女の手を、私は容赦なく払いのけた。
「近づかないでよ、私にもアズにも。転校してきたばかりのあんたが壊せるような仲じゃないから」
息が詰まる。こんな真っ白な空間、頭がおかしくなりそうだ。私と彼女だけがここにあって、それ以外は何もない。その空間の中で嫉妬の感情をまき散らすのは、何か、彼女に汚いものを塗りつけているような感覚で、罪悪感と、自己嫌悪で、本当におかしくなってしまう。
私は、アズを私のものとして隣に置いていたいだけなのに。それだけ、なのに。 「壊したいよ、壊したくて仕方ない」
彼女の不敵な笑みが、ますます私の醜い感情を揺さぶる。
クラスに彼女が来てから、ずっとこうだ。アズと二人きりの世界に、簡単に足を踏み入れてきて、私から易々とアズを奪い去ろうとする。アズは私がいなければ何もできなかったはずなのに、いつの間にか、彼女とまた新しい階段を上ろうとしていて。何も変わらなくていい。ずっと、私とアズの二人で生きていくことができればいい。そう思っていたのは、私だけだったのだろうか。アズは、そうじゃなかったのかな。
「お願い、もうやめて。私からアズをとらないで」
震える声で、そう言った。精一杯の懇願だった。
そんな私の手を引いて、彼女はまたあの笑い方をした。
「ほら、やっぱり察せてない」
視界がぐらっと揺れる。
「私が欲しいのは、シマだよ」
真っ白な天井が、彼女に重なり見えなくなった。
執筆者
文芸学科/北川まなみ
(文芸研究Ⅱ 上坪ゼミ・テーマ「願い」・2021)